2008/08/18

日本人は涙がお好き



さすがチャン・イーモウ監督!と1本の大作を観たような感動を覚えたあの開会式からはや11日が過ぎ、いろいろな名試合、名シーンが生まれています。

その中でテレビやラジオ、新聞、ネットなどの日本の報道には必ずと言っていいほど「涙」という言葉がまとわりつきます。
涙の金メダル、うれし涙、誰もが涙した、雨は土佐選手の涙、目に涙を浮かべながら、汗と涙の名場面…などなど数えたらキリがありませんって絶対数えんけど。

そしてテレビにはアップの泣き顔ばかり。えぐるかのように無理矢理にでも涙を映したがります。
もちろん、選手たちにはいろいろな感情があり涙するのですから、その行為にはなにも否定する気持ちはありません。
私が気持ち悪く思うのは、それをさも狙っているかのようなカメラマンと、それを見て感動したがる視聴者です。

私の地方のラジオ局がまた「涙」好きの局なので、「○○選手が泣いているのを観て、私も涙が止まりませんでした」とか「○○選手の家族の気持ちを考えると、涙があふれてきました」とかいう投稿ばかりを取り上げるので、聴いていて「ウソコケ!こいつら」と思わずつっこんでしまうことしきりです。「涙が止まらないのは年寄りだからじゃ」と、なんか腹を立てています。

感動で泣くのは良いことですし、私も映画を観ては泣くこともしばしばあります(ひとりの時限定)。「男の涙はみっともない」と実際思うときもありますし、最近の男子は特に泣くそうですので、それを聞くとおいおいと思ってしまいますが、まあそれについてはあらためて批判することでもなく、どちらかというと個人の考え方の違いで、仕方が無いことかと思います。

そうではなく私が最もイヤなのは、あざといカメラマンの行為と、キャスターの無理矢理の仕向け方です。
テレビで感動のVTRを流して、終わった直後のゲストの泣き顔アップ。視聴者にも「お前らも感動しろ!泣け!」とばかりの押しつけ。それが狙いだからイヤなんです。階段をミニスカートで上がって行く女子のパンツを撮るのと同じ行為に思えます。
キャスターでいうと、「目に涙を浮かべていましたよね」とか「涙ぐんでいた」とか、「そんなことどうでもいいじゃん!」と思えることをどうしても付け加えたいようで、なんか気持ちよくありません。

ではなぜ人間は泣くのでしょう?

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人間は、極端に感情が変化すると身体に急激な負担がかかり、ストレス物質が増加します。それを何らかの方法で体外に排出しようとします。それが涙であり、健康な人は病気の人に比べ、涙を流す機会が多いということも報告されています。涙でストレス物質(コルチゾール)を出しているのです。涙を流すことは乱れた心と身体を安定させる行為なのです。泣いた後に気分が良くになるのは、そのためです。
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だそうです。

しかも「安堵の涙」「悲しみの涙」「うれし涙」の成分は各々違うらしいのです。人間っておもしろいですね。


オリンピックも後わずか。チャン・イーモウ監督が閉会式にはどんな大作をまた観せてくれるのか楽しみです。CGでも吹き替えでもいいです。映画と同じ、それもひとつの演出です。

2008/08/17

iPhone発売から約1ヶ月



7/11発売したiPhone、購入のための行列が凄かったですね。
テレビのニュースでは最終的に約1500人もの人が並んだそうで、後ろのほうでは買えなかった人も続出したようです。さすが東京、目新しいもの好きな人が多いのか、並ぶのが好きなのか、ご苦労様です。

かくいう私も当日ゲット出来たのですが、さすが田舎!朝10:20に行ってなんと5番目。1番の人に聞いたら朝9:30に来たそうです(;^_^A
それで買えてしまうのですから、田舎っていいですね。それにしても大都会では、なぜあれほど異常なまでの行列ができるのでしょう?多すぎる需要と、価値観を持たせるかもしれない供給の関係で、「自分だけがゲット出来ないかもしれない症候群」でしょうか?あるいは単純に新しいものはゲットせよ!の使命感でしょうか?^^
その点田舎の人は、自分の考えがあるのか、競争心が無いのか、物欲が無いのか、マスコミを信用していないのか、様子見の保守派なのか、もちろんiPhoneの情報は一応は知っているのですが、全然大騒ぎしていませんね。
東京では「ねじキューピー」なるものにまで行列ができるそうで、残念ながら田舎者にはよく理解出来ません。。並んでまで買っても、ふと我にかえると…(引き出しの中)…って感じじゃないのでしょうか?誰に吹き込まれたのでしょう?芸能人の誰々が持っているとか?MONOマガで紹介されたとか?

話を戻しますが、確かに維持費は高い(他社電話との通話も含めて、1ヶ月10000円に押さえたい)ですが、まあ新たな趣味をひとつ持ったということで考えれば、それなりでしょう。タバコもやめたし、飲みに行くことも無いし、大して悪いこともしてないし…。ささやかな楽しみということで持つことにしました。

1ヶ月以上経った今でも驚きのあるiPhone、それでも何とか今出来る範囲内で、自分なりにベストの状態に出来たかなと思っています。

2008/08/16

ぐるぐるグーグル

Googleのこんな裏技が載っていました。

まず、Googleで「画像検索」します。「ウェブ検索」でも良いのですがキーワードによっては画像が少ないものもあるので、無難な「画像検索」でやってみましょう。

・何でも良いのであなたの好きなキーワード、例えば「オリンピック」とか
 入れてみましょう。
・ズラ〜っと画像が並んでるページになりますよね。
・そうしたら、Googleの検索欄ではなく、その上のブラウザの「URL」を
 入れるところ(画像赤ワク)に下記のコマンドをコピペしてください。
 そうしたら、Return(Enter)キーを押します。




javascript:R=0; x1=.1; y1=.05; x2=.25; y2=.24; x3=1.6; y3=.24; x4=300; y4=200; x5=300; y5=200; DI= document.images; DIL=DI.length; function A(){for(i=0; i<DIL; i++){DIS=DI[ i ].style; DIS.position='absolute'; DIS.left=Math.sin(R*x1+i*x2+x3)*x4+x5; DIS.top=Math.cos(R*y1+i*y2+y3)*y4+y5}R++}setInterval('A()',5 ); void(0)


\(◎o◎)/!なななんと〜〜〜〜、ぐるぐるグーグルに早変わり!
更に上のアドレスのワク内を選択してReturn(Enter)キーを押すと、回転スピードが速くなります。

これは最初からこうなるように埋め込まれていたものでしょうか?それにしても見つけた人はスゴイですね。ぜひ一度試してみてください。(^-^)v

2008/08/15

使い切りデジカメ



8/15 使い切りデジカメ「ECO digi MODE」(エコデジモード)というものが発売されました。
以前あったフィルムカメラ「使い捨てカメラ」のデジタル版です。「使い切り」なのか「使い捨て」なのかは記事によってまちまちですが、「使い切り」のほうがイメージ的にはいいですね。

性能は300万画素・フラッシュ搭載・2.4インチの液晶ディスプレイ・日付機能・10秒以内なら撮り直し可能・50枚撮り、価格は1980円(画像は防水仕様です)

300万画素あればLサイズやハガキぐらいなら充分です。データはCDに焼いてくれてもらえます(無料)。プリントは販売店舗のみで受け付けて、Lサイズ1枚37円とまあ普通の価格です。

省資源設計をめざし、液晶ディスプレイは携帯電話から回収したリユース品を採用。次期モデルから、カメラユニットやフラッシュもリユース部品を使っていき、回収した撮影済み本体は、データ消去などをした上で再利用するらしいので、普及したらもう少し安くなるかも知れませんね。

通常のデジカメが普通クラスで29800円ぐらいかな?だとすると15個分。確かにカメラが趣味の人は別として、一般的な感覚では50枚撮る機会はそうはなくて、誕生会・結婚式などの大きなイベントや旅行ぐらいでしょうか。
しかもカメラメーカーの、ユーザーを無視したような頻繁な新製品ラッシュと価格のダンピングを考えると、「使い切りデジカメ」で我慢しておくのも賢い選択のような気がします。

29800円クラスのデジカメでずっと我慢出来るなら、長い目で見ればそのほうが「もったいない精神」には適っているとは思いますが…。

2008/07/26

「プリンタ」ではなく「プリンター」



08.07.26の記事で

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マイクロソフトは25日、外来語カタカナ用語末尾の長音表記について、ルールを移行することを公表した。
具体的には「ブラウザ」「プリンタ」といった、英語由来のカタカナ用語において省略されていた長音を表記し、「ブラウザー」「プリンター」といった表記になる。
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とのことです。
外来語カタカナ用語末尾の長音処理に関して、工業規格であるJIS規格では原則的に、「3音以上の場合には語尾に長音符号を付けず、2音以下の場合には語尾に長音符号を付ける」とされていて、パソコン/インターネットの専門書などで「コンピュータ」「ブラウザ」といった表記が多いのはこのためらしいのです。

どれで、マイクロソフトも今まではそれに準じて来た訳ですが、今後はより自然な発音に近い表記を採用するらしく、英語由来のカタカナ用語において、元語の表記末尾が「-er」「-or」「-ar」などで終わる場合に長音表記を付けることを推奨するようです。

『新表記の主なものは「アダプター」「インストーラー」「エクスプローラー」「スキャナー」「ドライバー」「バッファー」「パラメーター」「フォルダー」「ブラウザー」「プリンター」など。その他、すべての変更予定対象用語数は約300強となる。』そうです。

でも「アダプタ」「スキャナ」「フォルダ」「ブラウザ」はもう自然に使えるようになって来ているし、いまさらそんなこと言われたって、困っちゃいますよね。言葉は短くする傾向にある昨今、ルールとはいえ、また戻すようなことはひょいひょいやられると、ついて行けないと同時に混乱を招きます。「スキャナー一台」とか「アダプター一個」ってとき紛らわしくなくてよかったのなぁ。。

2008/07/09

おもろーなサイト発見![モザイク]



前回書き込みの最中に思いついた次回記事の前に、モザイクで画像を再構築するおもろーなサイトを発見しましたのでご紹介します。

http://mozaiq.org/

いつもはパソコンソフトでやるのですが、どんな写真でもいいから手軽に作りたいという場合にうってつけです。

アクセスしたら、元画像を自分のパソコンから選んでやって、goを出す。
次にタイトルと名前を打ち込む欄が出るので、適当に打ち、goを出す。
しばらくすると、棒グラフが3本出て、2分ぐらいすると完成!
好きなサイズを選ぶとその画像が表示されるので、パソコンに保存。OKです。

壁紙サイズも作れます。右が完成した画像!

こんな画像の集まりでも出来ちゃうもんなんですね、感心しました。
一度やってみてください。おもしろいですよ^^

★画像は私の好きなスー・チーと誰かのツーショット(-_-#)

2008/07/07

世界遺産に落書き



少し前のニュースで恐縮ですが、短大生4人が「イタリアの世界遺産に落書き」をしたということで、非難囂々浴びていましたね。
そうかと思ったら、同じく男子大学生、はては野球部の監督までもが…。

確かにやったことは悪いし、年齢的にも恥ずべきことで、見つかってしまったのならそれなりの罰は受けて当然だとは思いますが、監督のクビはちょっとかわいそうな気もしました。

そうしたら、当事者のイタリア側から「日本人は休みに世界の裏側で起こしたことにも厳罰を与える」とニュースしたらしいのです。結局ご当地では「落書き」は日常茶飯事で、「世界遺産」もあちこちにあって、日本人が思っているほど大した物扱いしてないらしいです。それに対してそんな重い罰を与えるとは…という価値観の違いに驚いたようです。しかし、陽気なイタリア人たちの観察力はまだまだで、本当の日本人の凄いところは「厳罰を厳粛に受け止め、かつ黙ってそれに従う」というところですよ、イタリア〜ノ諸君!

でもいい歳こいて落書きするというのも、ある意味凄いところではある…。
これには監督の言い訳があって、その場にいた日本人がペンを渡してくれて「名前を書くと幸せになれると言われたから書いた」そうです。アホか!です(;^_^A
ここでまた次の話題が思いついたので書こうと思いましたが、長くなりそうですので次回にします。

悪いことは悪いのでそれはこっちに置いといたとして、それ以上に罰せられなければならないことは、まさに「外国で犯す日本の恥」である「売春ツアー」です。大人の女性ならまだしも、少女も関係なく買っているそうです。
これはもっと調べて、実名報道するべきです。実際やったら収拾つかない数になるでしょうが、こちらのほうがよっぽど厳罰に値すると思うのですが。

★画像は、この話題でネット上に写真を貼られたある夫婦?の落書き。たまらんなぁ〜。。と思いつつ私も貼ってしまいました。

2008/07/06

餅屋は餅屋



最近の映画の吹き替えは、声優さんではなく、役者さんがやるのがブームのようです。

「カンフーパンダ」にTOKIOの山口達也・MEGUMI・中尾彬、「シュレック3」に藤原紀香・浜田雅功・竹中直人、アニメに限らず「スピードレーサー」にKAT-TUNの赤西仁・上戸彩など

例えば「北斗の拳」、昔はケンシロウを神谷明、ラオウは内海賢二さんがやっていたのですが、最新版ではケンシロウを阿部寛、ラオウは宇梶剛士さんがやっています。オリジナル版だから、声優や主題歌を替えるのはしかたないことかもしれませんし、よく言われがちの「昔のほうが良かったなぁ〜」っていうのはあまりにも保守的です。最新版は以前のに比べ、絵もうまく?なっている反面、ケンシロウの何気ない優しさが消えていて、それに伴い声も変えても良いと思います。もちろん、そのキャラに合っていることが大前提ですが。

私が不満なのは、どうも違うのです。何が違うかって?はっきりとは言えないのですが、ひとつに「役者では顔がわかっているから、そのキャラに投影しづらい」ということがあります。私は声優さんの顔をよく知らないので、キャラと声優さんの顔がダブらず、合ってさえいれば違和感なく観られます。ところが、役者さんはあまりにもテレビに出過ぎで顔も知られていて、キャラよりも役者さんの顔が濃く出てきてどうにもイヤです。

もうひとつには「声の通り」があります。もちろん役者さんもボイストレーニングとかしていて、普通の人よりは当然声は通るでしょうが、その「通り」ではなく、何かが違うんです。声優さんのそれは「声が立ってる」というか…んーー表現が難しいですね。
なにしろ、やはり「餅屋は餅屋」と言われるように、その道のプロがやるほうがより良いものになると思うのですが…。

アニメ好きの連中がよく黙っている(もちろん一部では論争になっているでしょうが)なぁと思うのと、声優さんたちももう少しアピールしてもいいのでは?と思います。役者さんたちも出しゃばってこないで、ちゃんと本筋で勝負して欲しいものです。
この最近の兆候が本流になっていくのでしょうか? 私としては一時的ブームで、早く元に戻って欲しいなと切に願っています。

画像はエヴァンゲリオン・アスカ役で有名なミヤムこと宮村優子さん

2008/07/04

メールの返信



メール全盛のいまでは、手書きの手紙というものはあまり書かないし、もらわないでしょう。

私は母からたまにその手紙をもらうのですが、やはりメールとはひと味もふた味も違う思いが含まれています。たまに文字が大きくなっていたり、小さかったり、「ここで何か考えたな?」と思えるように筆が止まったあとを見つけることもあります。それらには何かしらの思いを感じ、読んでいても書き手の感情や顔が手に取るように浮かんできます。

だからといって手紙を推奨する訳ではなく、やはり便利なメールのほうが今の時代、あっていると思います。
でもそのメールにも感情を伝える手段は無数にあると思います。いろいろなテクニックはその筋のプロにまかせて、ネット検索して身につけていただきたいが、私は私なりに気をつけていることがあります。

それは相手のメールに返信する時です。

メールの機能のひとつに「返信時に元のメッセージを引用」というのがあります。
確かに相手の意見に対して何か言うとき、例えば
「あの時のあなたのスピーチは簡単明瞭の中にもユーモアがあって、またその中にもなるほどと考えさせられるものでした。」
というのがあったとして、それに答える時に
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>あなたのスピーチは簡単明瞭の中にもユーモアがあって、またその中にもなるほどと考えさせられる

いえいえ、何も思いつかなかったので短くしただけで、しかも笑ってごまかしとけって訳です^^
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みたいな引用は、メールにあって手紙にはない新しい手法だと思い、わかりやすくていいと思います。ただこの例でも引用としては長過ぎるとは思いますが。

わかりやすくするための部分的引用は、メール独特の手法で必要に応じて使っていけばそれこそ便利だと思いますが、私が最も「それってなぜそうするの?」と思うことが、「返信時に元のメッセージを全文引用」というものです。
「返信時に元のメッセージを引用」にチェックしてあるとそうなるのですが、相手から来たメールを楽しく読んでいるとまだ下(続き)があることに気づき、おくってみるとそれは「続き」ではなく「さっき私が送った文章」だったということがよくあります。

ひどい時は「さっき私が送った文章」が先頭にあって、相手の文章がその下にある時です。まず、ぐ〜とおくってやっと相手のメールが読めると言うものです。。

先のは、相手が入れて来た封筒の中にその人の手紙と、それに加えてさっき送った私の手紙が一緒に入れられて送り返された感じです。
後のはこちらが出した手紙のあとの余ったスペースに、言いたいことを書き加えて送り返された感じです。

でも多分そうするひとは悪気でやっているわけではなく、ごく自然に知らないうちにやっているだけだと思いますし、おそらくそういう手紙を受け取っているのでしょう。私もこれは友人から聞いた話題で、言われて「なるほど〜そりゃそうだ」と思ったように記憶しています。それ以来「部分的引用」はしますが、「全文送り返し」みたいなことはしないよう気をつけています

考えてみれば、「あなたの言葉に感動して考えが変わりました。これからはあなたを見習って新たな気持ちで生きていきます。」みたいな自分の決意を恥ずかしくも告白して、その勢いも込めて送った内容を、すぐまた相手のメールで読むようになるのは、なんとも腰砕けになるものです。「いま言った言葉はあなたの胸にしまっといてよ。。」って感じでしょうか?

この記事は、まちがっても「こうするのがマナーです」とか「こうしないと失礼です」というものではありません。自分が気づかずにやっていたことを誰かに指摘され、「なるほど確かに〜(DAIGO風)」と思うか「そんなの関係ねぇ〜(小島風)」と思うかはみなさんの自由です。

話は違いますが、よく「やはり気持ちを伝えるのは手紙でなくちゃ」とか「メールは冷たい感じがしていやだ」という意見があります。私も根本のところではそう思います。
でも、アナログレコードとCDと同じように、「時代に沿ったもの・より便利なツール・限られた中にも工夫による打開」をすればそれなりのものが出来ると思います。それは各自携帯所持・あっという間に届きしかも無料・絵文字や(笑)などでその文章の真意が伝わる、などです。そうそう絵文字というものはすばらしいもので、「くだらねえ〜」が「くだらね〜(-_-#)」と「くだらねえ〜 (≧∇≦)」ではまるで違いますし、そうすることによって誤解されがちな文章でも真意が伝わりますね。

手紙にあってメールにないもの、メールにあって手紙にないものをうまく見極めて適応していけば、デジタルもアナログも敵対し合うものではないと思います。

★画像は「手書きの手紙を送ろう」という啓発ポスター。「これを見ると手紙も良いものですね」とコメントがありましたが、ホラー好きな私にはどうしても、本を愛するが故に主人公に恋をしてしまったサイコな女性にしか見えません (≧∇≦)

2008/07/03

矢沢永吉・ブルーレイのCM[完結編]



このタイトルの記事を書こうと思ったのは、実は本来これが書きたかったことだったのですが、なぜかすぐ横道にそれてしまってずいぶん長くなりました^^;

みなさんは矢沢永吉さんのSONYブルーレイプレーヤーのCMを観たことがありますか?(画像参照)これはいまのところ第3弾で好調のようです。
ところが私がこれを初めて観たとき、というかパソコンとテレビの置き場所が私を挟んで前と後ろのため、テレビを付けているとはいっても実は聴いている状態で、「これを初めて聴いたとき」というのが正しいのです。で、初めて聴いたとき「また〜^^;」と言う矢沢さんの台詞にビックリして振り返ってしまいました。

よくよく観てみると、「現状ですごいのに、またすごいことができるようになった」みたいな意味で「また〜」を使っていました。
実は私はその前のCMにも驚いていました。それは「もったいない」という台詞です。その時も「え?」っと思い、でも結局は「ブルーレイ観るのに、テレビもキレイじゃないともったいない」ということだったのです。

私は友人に「ブルーレイっていいかね〜?」と聞かれて「まだもったいないよ」とか、「ダイハードがブルーレイでも発売されたよ」と聞いて「また〜?」と思ったのです。まさに私が思ったのはCMとは真逆の意味でした。多くの人はブルーレイのキレイさには魅かれるものの、買い替えにはまだまだ躊躇し、せっかく買い揃えた映画のDVDを手放すことも出来ないでいるような、私と同じような感覚を持ってはいませんか? で、その感覚とはまさにこの「もったいない」と「また〜?」ではないでしょうか?

私が思うのは、当然そんなことはわかっているメーカーがその逆をついて、消費者の多くが持っているこの感覚を、広い年代に支持されるカリスマ性を持つ矢沢永吉というビッグスターを使い、そのカリスマが言っている映像を何度も流すことにより「同じ言葉での感覚のすり替え」を行っているのではないのか?ということです。しかも矢沢のアップで「確認だけど…」と視聴者をも誘い込んで確認させるという念の入れよう…さすがプロのCM製作集団と思ったのと同時に、それで洗脳されたかのように動かされてしまう「思うツボイ君」たちがまた大量に発生するという怖さを感じました。

「これは確かにイイ!」と自分で確信して購入、あるいは予定したひとは別ですが。

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