2008/08/15

使い切りデジカメ



8/15 使い切りデジカメ「ECO digi MODE」(エコデジモード)というものが発売されました。
以前あったフィルムカメラ「使い捨てカメラ」のデジタル版です。「使い切り」なのか「使い捨て」なのかは記事によってまちまちですが、「使い切り」のほうがイメージ的にはいいですね。

性能は300万画素・フラッシュ搭載・2.4インチの液晶ディスプレイ・日付機能・10秒以内なら撮り直し可能・50枚撮り、価格は1980円(画像は防水仕様です)

300万画素あればLサイズやハガキぐらいなら充分です。データはCDに焼いてくれてもらえます(無料)。プリントは販売店舗のみで受け付けて、Lサイズ1枚37円とまあ普通の価格です。

省資源設計をめざし、液晶ディスプレイは携帯電話から回収したリユース品を採用。次期モデルから、カメラユニットやフラッシュもリユース部品を使っていき、回収した撮影済み本体は、データ消去などをした上で再利用するらしいので、普及したらもう少し安くなるかも知れませんね。

通常のデジカメが普通クラスで29800円ぐらいかな?だとすると15個分。確かにカメラが趣味の人は別として、一般的な感覚では50枚撮る機会はそうはなくて、誕生会・結婚式などの大きなイベントや旅行ぐらいでしょうか。
しかもカメラメーカーの、ユーザーを無視したような頻繁な新製品ラッシュと価格のダンピングを考えると、「使い切りデジカメ」で我慢しておくのも賢い選択のような気がします。

29800円クラスのデジカメでずっと我慢出来るなら、長い目で見ればそのほうが「もったいない精神」には適っているとは思いますが…。

2008/07/26

「プリンタ」ではなく「プリンター」



08.07.26の記事で

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マイクロソフトは25日、外来語カタカナ用語末尾の長音表記について、ルールを移行することを公表した。
具体的には「ブラウザ」「プリンタ」といった、英語由来のカタカナ用語において省略されていた長音を表記し、「ブラウザー」「プリンター」といった表記になる。
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とのことです。
外来語カタカナ用語末尾の長音処理に関して、工業規格であるJIS規格では原則的に、「3音以上の場合には語尾に長音符号を付けず、2音以下の場合には語尾に長音符号を付ける」とされていて、パソコン/インターネットの専門書などで「コンピュータ」「ブラウザ」といった表記が多いのはこのためらしいのです。

どれで、マイクロソフトも今まではそれに準じて来た訳ですが、今後はより自然な発音に近い表記を採用するらしく、英語由来のカタカナ用語において、元語の表記末尾が「-er」「-or」「-ar」などで終わる場合に長音表記を付けることを推奨するようです。

『新表記の主なものは「アダプター」「インストーラー」「エクスプローラー」「スキャナー」「ドライバー」「バッファー」「パラメーター」「フォルダー」「ブラウザー」「プリンター」など。その他、すべての変更予定対象用語数は約300強となる。』そうです。

でも「アダプタ」「スキャナ」「フォルダ」「ブラウザ」はもう自然に使えるようになって来ているし、いまさらそんなこと言われたって、困っちゃいますよね。言葉は短くする傾向にある昨今、ルールとはいえ、また戻すようなことはひょいひょいやられると、ついて行けないと同時に混乱を招きます。「スキャナー一台」とか「アダプター一個」ってとき紛らわしくなくてよかったのなぁ。。

2008/07/09

おもろーなサイト発見![モザイク]



前回書き込みの最中に思いついた次回記事の前に、モザイクで画像を再構築するおもろーなサイトを発見しましたのでご紹介します。

http://mozaiq.org/

いつもはパソコンソフトでやるのですが、どんな写真でもいいから手軽に作りたいという場合にうってつけです。

アクセスしたら、元画像を自分のパソコンから選んでやって、goを出す。
次にタイトルと名前を打ち込む欄が出るので、適当に打ち、goを出す。
しばらくすると、棒グラフが3本出て、2分ぐらいすると完成!
好きなサイズを選ぶとその画像が表示されるので、パソコンに保存。OKです。

壁紙サイズも作れます。右が完成した画像!

こんな画像の集まりでも出来ちゃうもんなんですね、感心しました。
一度やってみてください。おもしろいですよ^^

★画像は私の好きなスー・チーと誰かのツーショット(-_-#)

2008/07/07

世界遺産に落書き



少し前のニュースで恐縮ですが、短大生4人が「イタリアの世界遺産に落書き」をしたということで、非難囂々浴びていましたね。
そうかと思ったら、同じく男子大学生、はては野球部の監督までもが…。

確かにやったことは悪いし、年齢的にも恥ずべきことで、見つかってしまったのならそれなりの罰は受けて当然だとは思いますが、監督のクビはちょっとかわいそうな気もしました。

そうしたら、当事者のイタリア側から「日本人は休みに世界の裏側で起こしたことにも厳罰を与える」とニュースしたらしいのです。結局ご当地では「落書き」は日常茶飯事で、「世界遺産」もあちこちにあって、日本人が思っているほど大した物扱いしてないらしいです。それに対してそんな重い罰を与えるとは…という価値観の違いに驚いたようです。しかし、陽気なイタリア人たちの観察力はまだまだで、本当の日本人の凄いところは「厳罰を厳粛に受け止め、かつ黙ってそれに従う」というところですよ、イタリア〜ノ諸君!

でもいい歳こいて落書きするというのも、ある意味凄いところではある…。
これには監督の言い訳があって、その場にいた日本人がペンを渡してくれて「名前を書くと幸せになれると言われたから書いた」そうです。アホか!です(;^_^A
ここでまた次の話題が思いついたので書こうと思いましたが、長くなりそうですので次回にします。

悪いことは悪いのでそれはこっちに置いといたとして、それ以上に罰せられなければならないことは、まさに「外国で犯す日本の恥」である「売春ツアー」です。大人の女性ならまだしも、少女も関係なく買っているそうです。
これはもっと調べて、実名報道するべきです。実際やったら収拾つかない数になるでしょうが、こちらのほうがよっぽど厳罰に値すると思うのですが。

★画像は、この話題でネット上に写真を貼られたある夫婦?の落書き。たまらんなぁ〜。。と思いつつ私も貼ってしまいました。

2008/07/06

餅屋は餅屋



最近の映画の吹き替えは、声優さんではなく、役者さんがやるのがブームのようです。

「カンフーパンダ」にTOKIOの山口達也・MEGUMI・中尾彬、「シュレック3」に藤原紀香・浜田雅功・竹中直人、アニメに限らず「スピードレーサー」にKAT-TUNの赤西仁・上戸彩など

例えば「北斗の拳」、昔はケンシロウを神谷明、ラオウは内海賢二さんがやっていたのですが、最新版ではケンシロウを阿部寛、ラオウは宇梶剛士さんがやっています。オリジナル版だから、声優や主題歌を替えるのはしかたないことかもしれませんし、よく言われがちの「昔のほうが良かったなぁ〜」っていうのはあまりにも保守的です。最新版は以前のに比べ、絵もうまく?なっている反面、ケンシロウの何気ない優しさが消えていて、それに伴い声も変えても良いと思います。もちろん、そのキャラに合っていることが大前提ですが。

私が不満なのは、どうも違うのです。何が違うかって?はっきりとは言えないのですが、ひとつに「役者では顔がわかっているから、そのキャラに投影しづらい」ということがあります。私は声優さんの顔をよく知らないので、キャラと声優さんの顔がダブらず、合ってさえいれば違和感なく観られます。ところが、役者さんはあまりにもテレビに出過ぎで顔も知られていて、キャラよりも役者さんの顔が濃く出てきてどうにもイヤです。

もうひとつには「声の通り」があります。もちろん役者さんもボイストレーニングとかしていて、普通の人よりは当然声は通るでしょうが、その「通り」ではなく、何かが違うんです。声優さんのそれは「声が立ってる」というか…んーー表現が難しいですね。
なにしろ、やはり「餅屋は餅屋」と言われるように、その道のプロがやるほうがより良いものになると思うのですが…。

アニメ好きの連中がよく黙っている(もちろん一部では論争になっているでしょうが)なぁと思うのと、声優さんたちももう少しアピールしてもいいのでは?と思います。役者さんたちも出しゃばってこないで、ちゃんと本筋で勝負して欲しいものです。
この最近の兆候が本流になっていくのでしょうか? 私としては一時的ブームで、早く元に戻って欲しいなと切に願っています。

画像はエヴァンゲリオン・アスカ役で有名なミヤムこと宮村優子さん

2008/07/04

メールの返信



メール全盛のいまでは、手書きの手紙というものはあまり書かないし、もらわないでしょう。

私は母からたまにその手紙をもらうのですが、やはりメールとはひと味もふた味も違う思いが含まれています。たまに文字が大きくなっていたり、小さかったり、「ここで何か考えたな?」と思えるように筆が止まったあとを見つけることもあります。それらには何かしらの思いを感じ、読んでいても書き手の感情や顔が手に取るように浮かんできます。

だからといって手紙を推奨する訳ではなく、やはり便利なメールのほうが今の時代、あっていると思います。
でもそのメールにも感情を伝える手段は無数にあると思います。いろいろなテクニックはその筋のプロにまかせて、ネット検索して身につけていただきたいが、私は私なりに気をつけていることがあります。

それは相手のメールに返信する時です。

メールの機能のひとつに「返信時に元のメッセージを引用」というのがあります。
確かに相手の意見に対して何か言うとき、例えば
「あの時のあなたのスピーチは簡単明瞭の中にもユーモアがあって、またその中にもなるほどと考えさせられるものでした。」
というのがあったとして、それに答える時に
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>あなたのスピーチは簡単明瞭の中にもユーモアがあって、またその中にもなるほどと考えさせられる

いえいえ、何も思いつかなかったので短くしただけで、しかも笑ってごまかしとけって訳です^^
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みたいな引用は、メールにあって手紙にはない新しい手法だと思い、わかりやすくていいと思います。ただこの例でも引用としては長過ぎるとは思いますが。

わかりやすくするための部分的引用は、メール独特の手法で必要に応じて使っていけばそれこそ便利だと思いますが、私が最も「それってなぜそうするの?」と思うことが、「返信時に元のメッセージを全文引用」というものです。
「返信時に元のメッセージを引用」にチェックしてあるとそうなるのですが、相手から来たメールを楽しく読んでいるとまだ下(続き)があることに気づき、おくってみるとそれは「続き」ではなく「さっき私が送った文章」だったということがよくあります。

ひどい時は「さっき私が送った文章」が先頭にあって、相手の文章がその下にある時です。まず、ぐ〜とおくってやっと相手のメールが読めると言うものです。。

先のは、相手が入れて来た封筒の中にその人の手紙と、それに加えてさっき送った私の手紙が一緒に入れられて送り返された感じです。
後のはこちらが出した手紙のあとの余ったスペースに、言いたいことを書き加えて送り返された感じです。

でも多分そうするひとは悪気でやっているわけではなく、ごく自然に知らないうちにやっているだけだと思いますし、おそらくそういう手紙を受け取っているのでしょう。私もこれは友人から聞いた話題で、言われて「なるほど〜そりゃそうだ」と思ったように記憶しています。それ以来「部分的引用」はしますが、「全文送り返し」みたいなことはしないよう気をつけています

考えてみれば、「あなたの言葉に感動して考えが変わりました。これからはあなたを見習って新たな気持ちで生きていきます。」みたいな自分の決意を恥ずかしくも告白して、その勢いも込めて送った内容を、すぐまた相手のメールで読むようになるのは、なんとも腰砕けになるものです。「いま言った言葉はあなたの胸にしまっといてよ。。」って感じでしょうか?

この記事は、まちがっても「こうするのがマナーです」とか「こうしないと失礼です」というものではありません。自分が気づかずにやっていたことを誰かに指摘され、「なるほど確かに〜(DAIGO風)」と思うか「そんなの関係ねぇ〜(小島風)」と思うかはみなさんの自由です。

話は違いますが、よく「やはり気持ちを伝えるのは手紙でなくちゃ」とか「メールは冷たい感じがしていやだ」という意見があります。私も根本のところではそう思います。
でも、アナログレコードとCDと同じように、「時代に沿ったもの・より便利なツール・限られた中にも工夫による打開」をすればそれなりのものが出来ると思います。それは各自携帯所持・あっという間に届きしかも無料・絵文字や(笑)などでその文章の真意が伝わる、などです。そうそう絵文字というものはすばらしいもので、「くだらねえ〜」が「くだらね〜(-_-#)」と「くだらねえ〜 (≧∇≦)」ではまるで違いますし、そうすることによって誤解されがちな文章でも真意が伝わりますね。

手紙にあってメールにないもの、メールにあって手紙にないものをうまく見極めて適応していけば、デジタルもアナログも敵対し合うものではないと思います。

★画像は「手書きの手紙を送ろう」という啓発ポスター。「これを見ると手紙も良いものですね」とコメントがありましたが、ホラー好きな私にはどうしても、本を愛するが故に主人公に恋をしてしまったサイコな女性にしか見えません (≧∇≦)

2008/07/03

矢沢永吉・ブルーレイのCM[完結編]



このタイトルの記事を書こうと思ったのは、実は本来これが書きたかったことだったのですが、なぜかすぐ横道にそれてしまってずいぶん長くなりました^^;

みなさんは矢沢永吉さんのSONYブルーレイプレーヤーのCMを観たことがありますか?(画像参照)これはいまのところ第3弾で好調のようです。
ところが私がこれを初めて観たとき、というかパソコンとテレビの置き場所が私を挟んで前と後ろのため、テレビを付けているとはいっても実は聴いている状態で、「これを初めて聴いたとき」というのが正しいのです。で、初めて聴いたとき「また〜^^;」と言う矢沢さんの台詞にビックリして振り返ってしまいました。

よくよく観てみると、「現状ですごいのに、またすごいことができるようになった」みたいな意味で「また〜」を使っていました。
実は私はその前のCMにも驚いていました。それは「もったいない」という台詞です。その時も「え?」っと思い、でも結局は「ブルーレイ観るのに、テレビもキレイじゃないともったいない」ということだったのです。

私は友人に「ブルーレイっていいかね〜?」と聞かれて「まだもったいないよ」とか、「ダイハードがブルーレイでも発売されたよ」と聞いて「また〜?」と思ったのです。まさに私が思ったのはCMとは真逆の意味でした。多くの人はブルーレイのキレイさには魅かれるものの、買い替えにはまだまだ躊躇し、せっかく買い揃えた映画のDVDを手放すことも出来ないでいるような、私と同じような感覚を持ってはいませんか? で、その感覚とはまさにこの「もったいない」と「また〜?」ではないでしょうか?

私が思うのは、当然そんなことはわかっているメーカーがその逆をついて、消費者の多くが持っているこの感覚を、広い年代に支持されるカリスマ性を持つ矢沢永吉というビッグスターを使い、そのカリスマが言っている映像を何度も流すことにより「同じ言葉での感覚のすり替え」を行っているのではないのか?ということです。しかも矢沢のアップで「確認だけど…」と視聴者をも誘い込んで確認させるという念の入れよう…さすがプロのCM製作集団と思ったのと同時に、それで洗脳されたかのように動かされてしまう「思うツボイ君」たちがまた大量に発生するという怖さを感じました。

「これは確かにイイ!」と自分で確信して購入、あるいは予定したひとは別ですが。

このCMを確認する

2008/06/30

矢沢永吉・ブルーレイのCM[ソフト編]



前回はのっけから横道にそれてしまいましたが、今回はちゃんとソフトに関する「見過ごしがちな常識」を書きます。

画像はブルーレイディスクではなく、コンパクトディスク(以下CD)ですが、あなたはCDを扱うときどちらの面に注意しますか?
普通、鏡面を傷つけないようにキラキラしたほうを丁寧に扱いますよね。逆にダビングした時は、わかりやすいように表面にタイトルを書いたりもするでしょう。でも表面はツルツルしているので、サインペンではなく油性のマーカーで書いたりします。いまは表面にキレイにプリントしてくれるプリンタもありますが。

まず、「鏡面を丁寧に扱う」という点に注目してみます。
ではなぜ、鏡面を丁寧に扱うのでしょう?それはキラキラしたところに大切なデータが書き込まれているからです。その通りです。そしてその面を傷つけてしまうと、データが壊れたり、読めなくなったり、音飛びしたりします。本当にそうでしょうか?程度にもよりますが、読み込むためのレーザーはかなり精度がよく、ある程度の傷なら大丈夫のようです。とは言っても多くの人は、鏡面はかなりデリケートだと思っているでしょう。

次に「表面に油性のマーカーでタイトルを書き込む」という点についてです。
昔書き込んだCDがあったら見てみてください。文字がにじんで、中にしみているような感じになっていませんか?でも何の支障もなさそうです。本当にそうでしょうか?

もし古くて要らない、あるいは書き込みに失敗したCDがあれば用意してください。それとカッターとガムテープも要ります。
トップの画像のように表を上にして、そこにカッターで傷をつけます。ここではわかりやすくするため、中心から外に一直線にカッターで軽く表面をカットしてください。



次にその傷の上にガムテープを貼ります。なるべく効果が表れるようにしっかり貼ってください。(画像参照)
そうしたらガムテープを一気に剥がします。



おーーーみごとに剥がれています。(画像参照)
これを当たり前じゃんと思わずに、剥がれてガムテープについた物を見てください。
それは極薄のキラキラした膜です。まさにここにデータが書き込まれています。ひゃーデリケート。
でも待ってください。剥がれたCDを見てください。画像ではわかりやすく下に印刷物を敷きましたが、そこには透明のプラスティック板があるではないですか?

実はキラキラのデリケートな部分は、この透明なプラスティックの板で守られていたのです。
では、ガムテープに無惨に剥がされ、ヘロヘロになっているキラキラを触ってみてください。キラキラならぬペラペラでしょ?
この表面にマーカーで文字を書いていたんです。それがしみて行ったらすぐデータ面です。
試しに残っている部分の表面をなにかで引っ掻いてみてください。すぐに傷がつきキラキラが見えてきませんか?

実はプラスティック板で守られた鏡面よりも、無防備の表面のほうがよっぽどデリケートだったんです。(但し、少し高価な物は表面をコーティングして傷つきにくくしている物もあります。)

もし表面にタイトルを書きたい場合はなるべく水性ペンで書くようにしましょう。あるいはシールに書いてそれを貼るとかのほうがいいでしょう。でも細かいことを言うと、そのシールはなるべく薄く、軽量で、貼る位置は中心に近い場所に貼ったほうがいいそうです。それはCDの回転にムラを与えないようにというマニアックな情報です。。

これからはCDの扱い方がちょっと変わりそうですね^^

ちなみに当初「半永久的に使える保存媒体」ということでしたが、そろそろ初期に出た音楽CDなどに変化が出ているようです。

2008/06/29

矢沢永吉・ブルーレイのCM[常識編]



前回では「見過ごしがちな名称のまちがい」について書きましたが、今回はその流れで「見過ごしがちな常識のまちがい」について書きます。

こんなフリで話を進めていくと、日頃思っている「子どもの日記は見るな!」という「見過ごしがちな常識のまちがい」についふれたくなってしまいます。

よく「子どもの日記を見た」なんて言うと、もう100%に近いほど「えーーだめだよ」と言われます。それが常識のようですし、私もそう思います。それは「他人の日記=他人のプライバシー=見てはいけないもの」という図式があって、多くの人は条件反射的に否定します。でも子どもを思うが故に見てしまい、それが基で子どもの非行を防げたという事実も聞いています。子どもの様子がおかしいと感じたお母さんが、もちろんその人も子どもの日記を見ることはいけないことだとわかっているのですが、それでも我が子が心配で見てしまいました。なにやら、友達に半強制的に援助交際をやろうと持ちかけられていて、その言い訳に「寂しい人を救うため」という立て前を無理矢理納得させられていたようです。

こんな事例では、プライバシーだとかプライベートなんて言ってられません。したことは良くないこと(悪いとは断言出来ません)でも、してあげたことは良かったのではないかと思います。まあこれは特例で、ギリギリ難しいところではありますが。

それと同じことで「お金の貸し借り」があります。よく「仲のいい友達でもお金は貸してはいけない!」と言うと、これもほぼ条件反射的に賛同されます。確かにそれにこしたことはないのですが、本当にそうでしょうか?その時貸すことによって、その人が助かるならいいことではないでしょうか。「貸すか貸さないか」ではなく、「貸すか貸せない」かで悩むのはアリです。当然余裕がなく「貸せない」ことはあるでしょう。でもそれを「貸さない」と構えてしまっては、救いを求めて来た人が気の毒です。借金を頼んだ人も平気で言っているのではなく、かなり言いにくいことを悩んだ末言ったんだろうし、自分が情けないと惨めになったりもした上でしょう。だから貸せるなら貸してあげればいいんです。

そしてもし、返してもらえなかった時は?
これもお決まりのように「貸すなら、あげるつもりで貸せ!」とよく言います。そんな馬鹿なことがあるでしょうか?「貸したら返してもらって当然」逆に言うと「借りたら返すのが当然」です。それでももし返してもらえなかった時に、自分がどれほどの怒りが湧(沸?)くかによると思います。相手に対して怒りたければ怒ればいいし、もっと怒れるなら訴えればいいし、呆れるなら呆れて中傷・罵倒すればいいし、まあいいやと思えば諦めればいいし、その時相手をこれまでにするか、これからも付き合っていくかは、あなた次第だということで、初めから「貸さない!」というのは、もしかしたら正しくないのでは?と思います。でもこれはあくまでも私個人の考えですので、苦情は要りません。

長くなってしまいましたので、[ソフト編]は次回にします。

2008/06/28

矢沢永吉・ブルーレイのCM[名称編]



前回の記事でも、ブルーレイの機能や特徴やなぜディスクが青いかは各自で調べていただくようお願いしましたが、ブルーレイについて何か変なことに気づきませんか?

どのメーカーも「ブルーレイ(Blu-ray)」と記されています。ブルーレイ=青い光線ですが、青いは英語で…そう「Blue」なのになぜ「Blu」なんでしょう?

今回の戦いで負けてしまったHD-DVDもBlu-rayも青色レーザーを使って読み書きしています。そもそも商標登録というのは一般的名称では出来ないので、「Blue-ray」だとHD-DVDでも使っている技術であるため登録出来ないのです。

知らずに見ると「Blu-ray」で正しいように思います(実際には商標ですから、これが正しいと言えばそうなのですが)が、実は正しい英語ではなかったんです。言われないと気づかない人もいそうですね。え?もしかしてuとrの間の-は伸ばす音なのでしょうか?カッコわる(;^_^A

そうそう、後ろの「Disc」も英単語は「Disk」ですが、これはどういう理由からでしょう?

蛇足ですが漢字でもそういうのがあります。それは「カンペキ」という漢字です。あなたは正しく書けますか?「完壁」ですか?
実はそれは間違いで、「壁(かべ)」ではなく、「璧」で下が玉になっています。これはかなりの人が間違えます。もう少し簡単なもので、「ステキ」も良く間違えて覚えられています。ステキは「素適」と書きがち、あるいはそう書いてあっても見過ごしてしまいそうですが、実は「素敵」なんです。「敵」というのがピッタリこない気はしますが、何か意味があるのでしょうね。(続く)